家族・子育ての出来事

#2 ADEM闘病記 どんな経過をたどったのか

#2 ADEM闘病記
   とんな経過をたどったのか

2014年9月 風邪をずっと引いていた
   (1年中、鼻水、セキをしているから気に留めていなかった)
      子供クリニックに毎週受診していました
      薬は全部のめてました
 
  娘を叱ることが多くなった
  理想と違う子育てに、混乱していた
 (もともと無口で無表情気味、グズグズ傾向なため気に留めてなかった)

2014年10月 運動会で泣きながら動こうとしない
      右利きだったはずが、左手を使っている
      左足を引きずっている
   
  母親と行動がおかしいと話し合い
  夫はちょっと調子が悪いだけじゃないの?と返答
  
2014年11月1日(土曜日) 
  近所の子供クリニックへ相談
  「頭の障害かもしれない」医師と自分の診断が同じとショックを受ける
  紹介状をもらう

20114年11月2日(日曜日)
  仕事に行こうとした私に
  母が「救急車を呼びなさい」
  緊急性はないことはわかっていたため
  3次救急病院は月曜日に行くつもりだったが、119番へ連絡

  自家用車で3次救急へ、検査、そのまま入院
  パルス療法(ステロイド療法)2回
  ステロイド減量のため3週間入院
  家族にとっての入院生活は無理難題だらけだった

2014年11月21日 
  退院したけど
  保育園生活への不安

  1か月、6か月、1年後、2年後フォロー受診
  頭MRIで炎症痕はあるが、日常生活に問題ないため
  小学校1年生の夏で、終診となった

  小学生になり、リハビリ目的で
  そろばん
  ピアノ
  バドミントン
  英語など 取り組みましたが、本人の集中力、注意力、向上心がない😢

2019年2月 小学校3年生のマラソン大会で7位/75人中

2020年10月 バドミントンの大会で、前向きに頑張る姿がみれた

娘のADEMがわかったとき
どうしてもっと早く気づいてあげられなかったのか
障害を負わせてしまったとか
もっと早く受診させておけば、損傷が少なかったかもとか
娘の受診より、看護師の仕事を優先させてしまった自分を許せなかった

今は、どんなときでも娘をサポートできる母親になりたいと思ってます

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happystone40
ニートからナースへ転身!気づけば、まだナースやってます!